mieyachaaan’s blog

みぃやです。自分の感性で曲を作り歌います。https://318camellia.wixsite.com/mieya

一人にしてくれ

 

今年3作目ですね。

この曲は本当に悲しみのドン底にいた時に出来た曲です。

色彩も忘れるほどの、ドン底でした。

 

大切な人が幾人かいなくなった、

大好きだった居場所がなくなった、

自分の感情、心境が何も許容することができなくなって、無気力に。

 

そんな私を心配してくれる人が居てくれたのですが。

私を大切に思ってくれている友達が居てくれたのですが、

なんせ心は栓を抜かれた湯船のように

何も留める事ができない上に、

せっかくの人情を受け止められなくなっていました。

 

ヘドロのような泣き事を話したところで、

私の窮地がバカンスになるわけでもないし、

その子の大切な時間を

私なんかの泣き事を聞く時間として費やすのも心が痛くて、

 

会いたくても会えない、会わない方がいいという状態だったのですよ。

 

無駄な事で傷付けてしまうのが目に見えていたのでね。

 

泣き事の対象は、

私の精神が安定したなら平気な事。

それまでは会わない方がいいと。

大切な友達なので。

失いたくないので。

 

私の価値観ですが、

何でも話せるのが親友、とは思っていません。

どんな時もその子が幸せであるように、と願えるのが親友だと思います。

自分のエゴイズムから寂しさを紛らわすだけの存在にしたくなくって。

 

 

そうして1人で過ごすしかありませんでした。

 

すると不思議なことにね、

今度はその過去の幸せだった自分が疎ましく思えてしまってね。

行き所のない気持ちの矛先が過去の自分に向けられた。

人間の悲しみの連鎖って、本当に恐ろしいものです。

 

悲しい事がある以前は、

その時その時の幸せを噛み締め、自分らしく、

胸に誇りを抱いて毎日生きていました。

アンパンマンのように(すみません)。

 

それは大切な人とも順調だったからです。

怖いもの知らず、とはこの事。

向かうところ敵なし、でした。

 

 

自分で言うのもなんですが、

そんな気高く生きていた自分が

高尚に見えてしまいました。

 

私なりに、気を付けていた事ですら。

 

人の気も知らないで、よくわかったような事を言えたものだなぁと、

情けをかける時には、ちゃんと悲しみに暮れる人に寄り添えてたつもりか?と、

何様だ、と。

こんな風に過去の自分を否定するようになってしまいました。

 

 

思いたくない事ばかりでした。

本当に悲しい時って、こういう事なのか。

忘れていた感覚なのか、

この歳になって悲しみの響き方が変わってきたのだろうか。

 

何が何だかわからなくなり、

もう、涙しか出なかった。

ここまで陥ったら、余計に誰とも会えない。

今はここで、涙が枯れるまで泣く事にしよう、

それを数ヶ月、やり過ごしました。

 

そんな時の曲です。

暗いですね、本当に暗い。

悲しい時ってこうなるから、

だから笑っていられる時は思いっきり笑っていたいと、ますます思った所存です。

 

 

その後、精神もようやく安定し、

親友と会えました。

落ち着いた頃。

とりあえず食事に行こう、と晩ご飯に誘ってくれたので、

私は彼女を迎えに行きました。

彼女の姿を見た瞬間に、涙が止まりませんでした。

 

必要だという事を伝えれば伝えるほどに、

暗闇で蜷局を巻き、人の優しさを疑いそうになっていた頃の私が憎たらしく、

会えた喜びと、憎い自分への感情が混ざって号泣してしまいました。

 

それを見て、彼女も泣いてくれていました。

孤独じゃないという事が、これほどまでに心を温かくしてくれた。

幸せ者なのだと実感したのです。

本当にありがとう。

 

しばらくの間、運転できなかったね。笑

美味しいしゃぶしゃぶを食べてきました。

 

 

 

私は自分と関わってくださる皆さんのおかげで、

傷も癒えています。

悲しみを過去に出来ました。

 

一生、この傷跡は残りますが、

思い出した時に、そんな事もあったなぁと

ちゃんと景色にできるようにね。

 

喜びの連鎖は美しいですが、

その裏側の悲しみの連鎖は、

まさに呪縛であり恐ろしいものです。

 

でも生きている限り、どちらも背負っていかなければいけないわけで。

 

皆、平等な環境でないからこそ

偏見だって持ってます。

仕方ないのですよ。

 

それぞれ違う偏見と正義を持って生きていくのが、人間という生き物だとすら思います。

 

喜びと悲しみが常に交互に連鎖をしていても、

色眼鏡の種類によっては、

悲しい事ばかり数えてしまうこともあり、

喜びの中で幸せに浸り、このほかに何も要らないと思ってしまうこともあります。

 

自分が気付けていないだけで、

実は人には皆、人生という長いスパンの中での喜びと悲しみの比率は平等な気がします。

 

生きる環境、生まれ持つ才能は違うけれど。

 

 

私は悲しみに負けることはあっても、

負けたまま終わろうとは思いません。

 

時間をかけても、悲しい事に勝つ。

負けても最後は勝つ。

 

ま、無理はしませんがね。

 

強くいられる時は強く、

弱い時はひたすら弱く。

 

https://youtu.be/e-SOlrgAj1k

 

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留まる日

 

 

今年に入って2作目。

今回はとにかくポップでロック、

歌詞が多いので間奏は入れずに

ギターリフを多めにして味を付けました。

 

我ながら、ベースとギターリフ、ええ動きしてるんちゃう、と思います( ˊ̱˂˃ˋ̱ )

 

 

MVも全部自分で撮り、作成しましたよ。

レトロビデオをイメージして作りました。

 

我ながら、ちゃんとこの曲をヨイショできてる作品ちゃう、と思います( ˊ̱˂˃ˋ̱ )

 

先日、触媒というPVを撮ってもらった時に

レオちゃんの仕事を撮られながらも学習させてもらったのですよ。

まぁ正せば盗み見になるんかな、笑

 

寿司職人の見習いの如くね。笑

 

 

さて、留まる日と題しています、この曲。

 

いつも長くなるので今回は短めに、、、

 

 

私は大切なものほど、愛しいものほど、

儚いものだと思っています。

ものには全て、平等に時間があるとは思いますが、

大切なものは特に、思い入れがあるので

消えてしまう瞬間がとても怖いからです。

 

いつまでも続かないと、

気付いてしまうのは、

わかっているのは、

あなたが大切な存在である事に気付いてしまったからです。

 

 

その時間が出来るだけ永く、

特別が出来るだけ永く続いてほしい。

永遠なんて言わないので、

今、有る意味でいいので、

多くは望まない。

 

どうかこのまま、留まってくれないかと、祈る歌です。

 

 

たとえもう、あなたに届かなくても

響かなくても。

 

 

心の中でひっそりと想い続けるのは自由です。

ずっと好きでもいいのだよ、友達がくれた言葉です。

 

 

 

私は誰よりも私の気持ちに寄り添う事ができる。

この想いが朽ち果てるまでは、

この想いに忠実に、誠実に。

 

 

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https://youtu.be/7t7A_rDpZeI

 

 

 

JUST FOR MY SELF

 

 

この曲はリリアンでかじっただけで、ずっと引き出しの中にいました。

作ったのはかれこれ4年ほど前ですよ。

 

 

私は大抵のことは飲み込める方の人間(だと思いたい笑)なのですが、

自分にもプライドがあり、譲れないものがあり。

そこを濁してしまうと、

護りたいものが護れなくなるからですよ。

 

 

お前の勝手が人を傷付けている、等

ほんとこの世は、言った者勝ちで図々しいたらありゃしない。

 

さも自分だけが被害者で、傷付いたように言うのだから。

 

 

意思を持つ限り、

YESかNO、が出てきてもおかしくはないです。

私は人の畑を荒らすようなことはしたくないし、

何分その理由は、

人に私の畑を荒らして欲しくもないからです。

 

 

人を責めたくて、主張しているわけではないのです。

その人生を生きるのは自分ですよ。

だからポリシーとして、生き甲斐として、

時には道しるべとして、

自分がこれを基に生きているのだ、というのを胸に持っているだけの話です。

 

どちらが何パーセント悪い、など

追求したいわけではありません。

 

 

そう、対人関係でイザコザがあった時に出来ました。

 

相手が、私が悪いといつまでも言うものだから、

自分がこんな気持ちになるから悪いのか、と

自分でも自分を責めてしまった時に、

事を打ち明けた友達によって助けられ、前を向けた時に出来た曲ですね。

 

 

自分を責めている間は何も見えないのですよ。

汚れた目という曲の状態に陥って。

 

救いの手は堪えきれなくなった時に差し出されました。

 

 

私の譲れないものが、あの人を怒らせてしまった、

何を護ろうとしてこんなプライドを持っているのか、わからなくなって。

 

 

そんな時に友達は、

 

「そういう事もあるやろ。

まずあんたは、"私がこんな気持ちになるから悪い"とか言うてるけど、

私が悲しい事があった時に、

"人間なんやから、思う事があるのは仕方ない、自分の気持ちを否定する必要はない"と言ってくれたのは、

紛れもなく、あんたやねんで。」

 

 

という言葉をもらったのですよ。

 

ハッとしましたね。

自分のした事を忘れがちなのは、私の欠点です。

悪い事も含めて笑

 

 

そう、私は相手を傷付けたくて譲らなかったわけでなく、

自分の大切なものを主張しただけであって、

もうこれ以上、自分を否定する事は無いと、思えたのですよ。

心のどこかで分厚い雲が晴れていくような気持ちでした。

譲れない理由もしっかりあるからこそ、

譲らなかったのだと。

 

だけどその理由が少しわからなくなってしまいました。

仲違いをしてしまう程の出来事になってしまった事実が、

ただただ、悲しくて。

 

自分を責め、

そんな悲しみの窮地にいる状態では、

救いたいものを救えないんですよ。

 

濁りなき目で、どうして自分がそれを譲れないか、

見出しておかないと。

 

誰かと対立してしまったからそのプライドを捨てるという前に、

自分がなぜそれをプライドと置いているかをあぶり出さないと、

護りたいものも護れない、大切な人も傷付けてしまう。

 

 

 

私は自分の心とちゃんと向き合えていなかったことが、露呈されました。

 

たしかに、人を傷付けてしまうのはよろしくないですよ。

すごく紙一重です、プライドを持つ事の素晴らしさは。

ある意味、自分勝手なのですから。

 

 

しかしながら、冒頭で述べた通り、

この世は言った者勝ちなのですよ。

怯んでる暇は無いのです。

食われてしまいます。

 

主張するということは、争うこととは違います。

選手宣誓なわけです。

自分の胸に誓いを立てることです。

 

 

それを聞いて

離れる人は離れる、

その点、残るものもある。

側にいてくれる人もいるわけです。

 

側にいてくれる人は、私を追い詰めません。

つまり、私もこれ以上自分を追い詰めてはいけないんですよ。

 

 

 

まずは自分の為に泣いたり、叫んだりして、

その心を自分で救ってあげよう、そう思えました。

友達の言葉のおかげです。

本当にありがとう。

 

 

そして何より

自分の心を荒め、攻撃的なものから生まれる優しさ。

その力がどの様な力を持っているかと言うと、

ただの非力です。

 


心を込める、という事が一番大切であり、

人に優しくできる為には、

先ず己の心の憂さを晴らしてあげないと。

自分に優しく。

 

自分の為に行う事、

それが誰かの悲しみの原因に成ってしまっても。

 


その時ばかりは、自分の勝手な欲がその人を傷つけたと、

自分の行為を後悔するのですよ。

 


後悔するような事はしないに限りますがね。

それでも私は

後悔したって良いから、

とりあえず一旦心を汚し、

そこからちゃんと反省し、

また這い上がり前を向き歩いて行くことに意味があると思います。

 

 

 

そこからまた、世のため人のために行動できるように。

 

 

まず始めに自分の心の声に耳を傾け、寄り添ってあげる。

失ってしまったものには、感謝を忘れない。

それでも生きていくのですよ。

歩けるでしょう、側にいてくれる人がいるのだから。

 

後悔しても、前向きなことを考えて行動する。

世のため人のために。

回り回って自分の為にもなるように。

 

 

こんな想いをするから悪い、なんて事はありませんね。

そんな想いをしながらも、生きていくしかないのですから。

 

心配しなくても良いのです。

気持ちは素直です、そう思う内は思って良いですよ、

皆さんそうして生きているでしょう?

 

誰もに理解されなくて良いですよ、

皆に認められる、そんな人世界中のどこにもいないのですから。笑

 

明らかに大切な人を傷付け、

自分をも傷付けてしまうものには

ケリをつけましょうね。

腐らせて落としましょう。

善人も悪人も土に還る、還る場所は同じ。

 

貫くものにはコーティング剤でなく、

芯となるものの方が大切なのですよ。

あなたを護り、大切な人を護れるものとなります。

 

プライドは傷付ける為でなく、護る為の刀です。

緋村剣心の逆刃刀のようにね。

あは、私の目標のキャラクターです。

 

 

少しグシャッとなった内容ですね笑

簡潔に何が言いたいかというと、

 

人に責められた時に誤魔化せない気持ちは、

それが自分の心の声だから。

それを貫く事は、その人を否定する為でなく

自分がそれを胸に生きることで、護りたいものがあるから。

だから、自分がこんな気持ちになるから悪い、などと

自分ばかり責めなくていいのです。

 

そこで失ってしまうものがあったとしても、

その上で生きていく。

そして後悔してしまう事もあるでしょう、プライドを優先した自分の小ささに。

でも、もう失わないようにと努力をすることは出来ますよね。

1人じゃあないのですよ。

もう自分を責めないで、自分と戦わなくていいのですよ。

今自分を大切にしてくれる人たちを護れるように、自分を磨きましょう。

 

以上です。笑

 

ま、何よりもね、

自分の心に常にゆとりを持ち、

大抵のことを飲み込める状態を目指しますがね。

揉め事はもう、懲り懲りです。笑

 

自分の意見を優先して得る喜びよりも、

大切な人たちの笑顔の方が見たいですしね。

どちらも人生においては必要だから、

臨機応変に。

その都度優先するもの次第で

幸せになっていかないと。

 

 

譲れないもの、揺るぎないものは

ただ、自分の為に。

先ずは、自分の為に。

 

https://soundcloud.com/w4buto5rxhfq/just-for-my-self

 

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イメージ画ですが。

最近、自分の為に摂取しているモノであります。

お酒とみかん。

サマになるように少しひねって、

ワインとオレンジが詰め込まれた紙袋を描きました。笑

 

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泣きたくなる

 

 

リリアン、結成当時からの古株の曲ですね。

 

泣きだしたら止まらなくなるから

泣きたくないのだけども、

泣きたくなる。という歌ですね。

 

 

この曲が出来た当時は18才頃か。

高校生の頃から付き合ってた彼氏と別れ話をし、

結局元の鞘に納まった時に作りました。

 

切り出したのは私です。

理由は単純で、彼に対して"好き"という感情が欠落してしまったからです。

 

でも不器用なもので、そうはっきり言えなくてね。

そんな事言ったら、傷つくだろうな、と思ったら

言えませんでした。

 

もう、無理やと思う。そう告げると、

 

俺はどんなお前も好きだ、と。

もう少し頑張ってみようよ、という言葉をもらいました。

 

そこまでして私を求めてくれるのか、そう思うと

それに対して自分が

彼が一番欲しい感情を彼に持ってあげられない事が、

愛されるだけで愛せない自分が、

とてももどかしく、憎らしくて仕方がなかった。

 

それでも彼は私を傷つけず、優しく包み込んでくれました。

 

なぜ、傷つけずに苦しめるのだ、と

歯痒さに身体中を縛られた様でした。

 

しかしながら、

 

私と恋人関係を築いておく事こそが、

彼の為になるのであれば

私はこの関係を保つ事で、彼に恩を返していこうか、という所に落ち着いたわけです。

 

でもやはり、気持ちのない形だけの恋人という関係は

ずっと悩ましく、こうして曲となりその時の気持ちを報いてくれました。

 

親切で付き合うという事の方が失礼、

それなら早めに別れてあげた方が向こうの為、だとか

世間の声はそういったものが多かったのですが。

 

今、君を失うことは君を傷つける事になる。私だけの問題ではない。

 

別れてしまえば、気持ちは楽になるだろう。

でも自分が楽になる為に、君を傷つけることは善い行いだろうか?君のためと言えるだろうか?

 

好き という感情は欠落していても、

大切な存在だったのですよ。

君のおかげで救われたいくつものシーンがあり、

失っても、失わずしても、

それはきっとずっと私を縛るだろう。

大切な存在だからこそ。

 

恋人の関係を続けるかの分かれ道で

結局、別れずに恋人を続ける事になった。

そこからの心境は、

やはりその分岐点を迎えるまでの景色とは

全く異なるもので、

見えなかったものも見えるようになります。

 

その地点から、別れた時のことを考える。

だから誰の目の届かない所で泣き、

しかもそれは、

全て自分の蒔いた種であり、

誰も悪くないのです。

 

私が自己満で、自己嫌悪で泣いている、

泣けるうちに泣いておこうと言いながら、

心の奥底でずーっと泣いているんだろうな。

 

一体、どういう形が理想なのかも分からないまま、

歩き出しましたが。

その1年後ぐらいに、私から別れを告げ

恋人という関係を終えました。

 

 

上記の事や他の自衛精神が

失うと後悔をするよ、と脅しをかけていたけど

失わなかった事に対しても後悔をしていたので、

もういっそのこと、別れて後悔してしまえばいいと踏ん切りをつけたのです。

 

案の定、ありとあらゆる後悔をし、

彼の為の涙なのか自分の為の涙なのかも分からないまま

毎日泣いていました。

 

君を失って、やっと分かる痛みでした。

 

何事も、

味わわずして語れるものではないし、

語る為に味わうわけではありませんね。

 

付き合い始めた当初は好きだと思っていたのに。

ほんと、好きという気持ちは魔法なのだと。

そのまま死ぬまで魔法が続くのか、

人生の道中で解けてしまうのか、だけの話で

人を愛することの儚さは、この時私の胸を強く打ちました。

 

 

大切、という存在は

何にも替えられない。

それは形じゃないのです。

その人が自分と、どう関わってくれていたかが表れ、

そしてそれに対しての感謝は決して自分の為じゃあない。

 

何より、

彼の望む関係を私は叶えられなかった事、

彼に感謝しか出来ない事実が、苦しかった。

 

 

そんな想いから、出来た曲です。

 

 

彼に対しては今もなお、

ごめんなさい、という気持ちが消えません。

幸せに、暮らしているといいな。

 

君のおかげで、好きになれた事がある。

新しい頁を作ってくれました。

ありがとう。

 

悲しい気持ちしかない曲だもんで、

暗い記事になってしまいましたね。あちゃ。

 

 

それにしても、歌がヘタクソ、、、

気持ちがこもっていない、4〜5年前の私よ。。

でも、レコーディングが楽しかったことはよく覚えています。

メンバー全員社会人になりたての頃です。

楽しかったね。

 

あまり私の歌声に聴き耳を立てずに聴いてくださいまし、、、笑

 

 

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https://soundcloud.com/w4buto5rxhfq/ago8ogbshpfq

 

私にとって音楽とは。

 

 

弾丸東京、埼玉路上ライブ。

移動がとても大変でしたが、

全く触れたことの無い土地で唄うこと、

私は気持ちが良かったです。

 

 

唄いに行ったのです。ほんとそれだけ。

どうして関東まで?と言うと

私は毎年この連休に旅行をしに行くのです。

 

そう、事情があり地元を離れるのです。

分かる人は分かる笑

 

いつもは普通に旅行やけど、

今回はアコギも持って、いろんな所で唄おうと思ったものでね。

 

 

東京の路上ライブは、

アコギで自分の曲を弾き語る人はほとんどいませんでした。

歌唱力の高い人が、ヒット曲のカバーをしている。

そういったアーティストが多かったです。

 

これだけ上手くてもプロに行けないんですよ、

新宿で歌ってても。

合同していたeyeちゃんが言いました。

 

プロアーティストを目指して歌っている、

路上ライブはそこに重きを置いてしているアーティストが

ほとんどなのですね。

まぁ、私が行ったあの日がそういう日だっただけかもしれませんが。

 

 

そこに少しばかり、私は温度差を感じてしまいました。

 

 

で、やはり一番に感じた事は、

私は音楽が好きで、唄っている。

そして自分の曲を唄う方が、しっくり来る。

 

自分の歌声は、自分の歌が1番分かってくれてると。

 

音楽をする理由は、

単純にメロディーと歌詞がカチッとハマった瞬間、

それがとても快感なわけです。

 

あの媚薬のような、麻薬のような瞬間ね。

やった事はないですが笑

 

そして唄った時の、メロディーと声の調和ですか。

 

これもまた、気持ちがよく、快感なわけです。

それが堪らなく好きで、私は音楽をしている。やめられない。

 

 

そりゃ、たくさんの人に聴いてもらえると嬉しい。

でもそれを目標として、音楽をする事は

私にとっては不自然で、入魂出来ないんだなぁと感じました。

 

目標があるから、音楽をしているわけでなく、

ずっとあの音楽の快感に、私は囚われているわけです。

 

唄いたいから唄う、

強く思う事があったから、歌ができる。

 

ほんと、それだけです。

 

 

そして、私の唄は

心臓を突き刺すような凶器であり、

また、それはその心にずっと残る、梁のようなもので在りたいと。

欲を言ってしまえばこうです。

 

これが、私の中での音楽という存在です。

 

 

その上で私を応援してくださる方が増えてきて、

私は幸せ者です。

ほんと、いつもありがとうございます。

 

今回の旅は、そういった事にも深く浸る時間をもらいました。

1人で慣れない地に足を踏み入れ、

何にも侵される事ない状況、場所で、

考えていました。

 

 

私はきっとこれからも、そういった志で音楽をしていきます。

勿論、ライブだってしていきますよ。

でもそこは、しっかり見据えないといけないかな。私だけの問題では無くなるので。

 

必ず、行って参りますので、お待ちいただけると光栄です。

 

 

 

私は1人ではなく、

私の曲を1番好きで理解してくれるMIEYA組がいて、

MIEYA組だけでなく、

今まで私の音楽を枯らさないようにと

一緒に音楽をしてくれたCamellia、リリアンが居てくれて。

 

そして何より、私の曲を聴いてくださる方が居てくれます。

 

家族も、友達も居てくれる。

 

 

1人じゃない、という事が、

何よりの原動力です。

 

こんな私に、居場所をありがとうございます。

その上で私は音楽ができるし、

だからこそ、志を持って音楽をしていこうと思う所存です。

 

 

私はMIEYAです。

白から黒までの純情を唄います。

目前の人の胸に届いてくれることを望みます。

 

 

その曲が良い曲か、それを拡めたいと思うのは

リスナーの皆さんが決める事だと、思います。

そしてそれを美学としています。

 

自ら、良い曲やから拡めてね、とは思わなくて。言えないですね。

 

 

私はあなたの胸に届いてくれたなら、

その胸でずっと残ってくれることを望みます。

 

そして私は自分の曲を信じてるのではなく、

愛しています。

 

 

後は野となれ山となれ。

私の曲は1つずつ、その曲のペースで歩いてくれたら良いのです。

 

 

だからその上で、

たくさんの人に聴いてもらえるようになったのなら、

とても嬉しいです。

 

誰に媚びるつもりもありません。

 

 

デカい口叩いてますが、

叩いておいた方が面白いでしょう?笑

 

さて、どうなることかな。

この道に足を踏み入れた時から

賽は投げられたわけです。

付くもの付いて

それはもうゴロゴロと、転がって行っています。

良い物も悪い物もね。笑

 

 

道は続く。

至って平坦。

山、谷、作りたければ作るがいい。

 

 

楽しく、がんばりますゆえ。

今後ともよろしくお願い致します。

 

 

MIEYA

 

おばあちゃんとの思い出話でも。

 

 

ご機嫌いかがですか?みぃやです。

 

お彼岸ですね。

今日も今日とて、高野山にいました。

 

 

去年亡くなった祖母は、高野山持明院

永代供養をしています。

祖母の妹、大叔母ちゃんは大圓院。

 

高野山には母方のお墓もあるので、そのお墓参りも。

 

 

法要を行っている間は、亡き人を想う時間というのもあって、

ちょっといろいろ思い出していました。

 

てなわけで、ちょっとお話ししていこうかなぁと。

お時間頂きますね。

 

 

私は2人の祖父に会った事はありません。

私が生まれる前に亡くなってしまって。

なので私は、2人の祖母しか知りません。

 

そして父方の祖母は、高校2年生の時に天国へ旅立ちました。

 

 

母方の祖母は、自宅の近くに住んでいたので

幼い頃は特に預かってもらって、世話になったものです。

その上、去年まで生きてくれていたので

特に私の人生に色濃く残る存在の人なのですよ。

 

 

忘れられない思い出はたくさんありますね。

 

中でも色褪せないのは、

 

たぶん小学校低学年の頃です。

 

祖母の寝室には仏壇がありまして。

私はよく、何も考えずに線香をあげていました。

やりたかっただけですね笑

 

テレビでは大好きなアニメの音楽が流れ始めました。

スーパードールリカちゃんですね。

私は大好きな曲が流れると、よく踊る子でして笑

 

我を忘れてダンスをしていたら、

なんと大変なことに、火のついた線香立てとロウソクを蹴り倒してしまいまして、、、

 

線香の灰がワッサーと拡がり落ち、

ある意味地獄絵です。。

 

一瞬何が起こったのか分からず、

ボーッとしていました、、、笑

 

これは非常にいけない事をした、これはカンカンに怒られる、、、

 

 

 

そう思いながら、勇気を出して祖母を呼び、

えらいこっちゃの光景を見てもらいました。

 

怒られる、、そう思っていましたが、

祖母の第一声は、

「ケガ無いか?熱くなかったか?」

とまぁ、私の身体の心配から入ってきたのですね。

 

こっちは拍子抜けで、

ごめんね、という言葉がなぜか言えませんでした。

怒られると思っていたのに、悪い事をしたのに、

その言葉が出てくるなんて思わなかったので。

 

その日はそれ以降、終始おとなしかった事を覚えています笑

その事をお迎えの時に母にチクられるとも思っていたのですが、

全く触れず、何事も無かったかのように

笑顔で、またね〜と送り出してくれました。

 

 

 

その時ですね。

祖母が本当に優しい人なんだなぁと知ったのは。

 

私の焦燥した顔を見て、そういう対応をしてくれたわけです。

 

まぁ、母が厳しかった分、祖母が甘やかしてくれたのだとも思います。

 

 

 

他にも。

グリコのキャラメルをご存知ですか?

 

あれ、昔は木のおもちゃのおまけが上に付いてたのですよ。

 

私はチビの頃、すごくそれが好きで

よく集めていたのです。

祖母の家を訪れるたびに、新しいグリコを用意してくれていました。

 

20歳を過ぎてもなお、それは続きました笑

 

もう集めてないよ、と伝えると、

次からは近所に出来た100均で、可愛いと思ったものを買っておくようにしてくれていました。

 

私が身に付けていることを想像して、

キーホルダーやら、ぬいぐるみやら。

 

私がいくつになっても、祖母にとっては私はそういう存在なのですよね。

 

本当に愛してもらえてたのだと、身に沁みて感じます。

 

 

純粋に喜ぶ顔が見たい、そう思っていろんな事をしてくれる人でした。

 

私のためにニット帽もよく編んでくれたものです。

 

 

遺品を整理している時も、

次はこれを渡そうと思って買いだめしてくれてたであろうモノ、

可愛い柄の包装紙、箱。

 

たくさん出てきました。

本人がいなくてもわかる、私のために置いてたモノだと。

 

 

ぁあ、思い出すと涙が出てきてしまう。

 

 

 

愛した日々よりも、

愛された日々の方がずっと心に残るものですね。

 

自分が与えたものよりも、

与えられたものの方が希少で、

何より孤独を拭ってくれるからでしょうか。

 

一人じゃないよ、と

いつも見守ってるよ、と。

 

 

存在としては、失ってしまいましたが、

それが不幸だとは、思いません。

 

その大切な人と過ごした幸せな時間は、ずっと心に残るのです。消えずに。

そんな過去が有る事もまた、幸せなことで、

かけがえのない存在としては残ります。

 

 

祖母と過ごした時間。

 

お湯を入れたカップラーメンが茹で上がるまでの間、

会話に花が咲いてしまい20分も放置してしまって、

2人でカップラーメンを、美味しくないね〜と笑いながら食べ合った事。

 

祖父が戦争に行っていた頃の話をしてくれた事。

 

一緒に絵を描いた事もあった、よくダメだしをくれたものの

実咲(本名)は絵が上手いなぁ、と言ってくれたり。

 

私の作った料理も、塩っ気が無いとダメだしをされましたが、笑

必ず美味しかったと平らげてくれました。

 

 

 

去年の3月に一度体調を崩し、すぐに完治したものの

もうこれからはお出かけも難しくなってくるのか、と思ったので

祖母に行きたいところは無い?と聞くと、

海遊館に行きたい、そう言ったので

4月に有給を取って連れて行ってあげましたね。

私、母、祖母の3人で。

 

祖母、はじめての海遊館だったのですよ。

5時間かけてじっくり周りました。

 

海遊館は真ん中が1番大きな水槽で、

そこにジンベイザメがいるのですよ。

 

で、その水槽は上から下までずーっと続いていて、

各階で同じジンベイザメをいろんな角度から見れるようになっています。

 

祖母は、この海遊館ジンベイザメいっぱいおるんやな〜言うてました笑

 

いやいや、怖いわ笑

ちゃんと説明しました笑

 

 

ペンギン、アシカ、イルカ、いろんな動物を

椅子に座って、無言で、ずーっと眺めていました。

 

 

今、同じものを見ていることが宝物になる。

 

 

その日祖母を送って、とても満足そうな笑顔で家に入って行った姿まで、

鮮明に覚えています。

 

まさかそれが、最後のお出かけになるとは思いませんでした。

 

 

 

一緒に過ごした時間、内容に濃いも薄いもありません。

その時間はかけがえのないものです。

何にも替えられない。

 

いつかは離れる日が来る。

その日に悔いが残らないようにと、いろいろ施しても

悔いは残ります。

それは、その別れの日を経験したから感じるものです。

 

あの時こうしておけば、なんて、

どんな未来の立場にも言える事です。

 

今自分に残ったもの、与えられたものから

作り出せばいいのだと。

自分のペースで、誰の期待に応える事を基準に生きなくていいのだと。

 

どうか笑顔で過ごしてほしいと、祖母は思ってくれているでしょう。

いつも帰り際、頑張りやぁと言ってくれたのは

そういうことだと。

 

 

長くなりました笑

思い出に浸るとダメですね、もうこの辺にしておきましょう。

 

大切だと思う人には会いに行きましょう。

そしてありがとうと、愛を伝えましょう。

 

言葉は消えてしまうから、

大切な人にだけ、大切な言葉はたくさん言えばいいと思います。

 

おばあちゃん。

がんばるよ。

いつもありがとうね。

 

 

楓が色付く頃にまた、訪れるよ。

 

 

 

 

SUPER PAPER DRIVER

 

「私にはスーパーペーパードライバーという武器があるから!」

 

 

という友達の名言から生まれた曲ですね。笑

 

 

曲のイメージとしては

彼女はジュディマリが大好きなので

ジュディマリと、あややを足して2で割った感じ。

我ながらハッピーでポップな曲が久々に出来たと思います。

 

 

最近、彼女はハートブレイクを起こしまして。

 

集まれる人数で遊んだ時のこと。

 

みんなでいるときはもう吹っ切れていた感じでね、

次行こ次〜と、前向きな言葉をよく発していたのですが

私と2人になった時に本音をポロリ。

 

気丈に振る舞って頑張っていただけで

まだまだ辛い最中よね、そりゃあそうやわ。

 

強がってでも前に進みたいよね、わかります。

大体のことが強行突破ですよ、

心に無理強いは良くないとは思えど、

そんなん言ってる場合じゃない時もある、時が結構ある笑

 

みんなの前ではへっちゃら、

元気な姿を見せるけど。

ほんまはまだまだ辛い、

思い出すと悲しい。

 

そんな人間くさくて、可愛い所がある子なのです。

 

高校生の頃から仲良くしてくれていて、

その当時からそういった所を見ていたので、

この曲は思っきり彼女の事を書いています。

 

スーパーペーパードライバーについては

微塵も語っておりませんね、、笑

 

 

たまにセンチにはなるけど、

元気でいたい、という気持ちも強い、

私もそうだから。

 

強い子だから、と放ったらかしにされがちですが

弱いところを隠しているだけで、

ほんとは深く傷付いているもんです。

 

そんな所に寄り添ってあげられていると良いのですが。

 

複雑な気持ちはあっても、

笑って過ごしたいという意思が強い彼女は、

強がりですが、勇者に見えますね。

 

頑張ってるね。

 

言霊ってあると思います。

だから自分は特にそうですけど、

言葉にすることで自分に言い聞かせてるというか、

奮い立たせている所があります。

彼女もそうなのかな?

 

 

そして人に伝えたい言葉も、私は言います。

嬉しいも、ありがとうも、悲しいも、大好きも。

言葉は儚いので、思い出してもその時の温度は保てません。

なので大事な人には、大切な言葉は全て言います。

 

ちょっと話がズレた。笑

 

 

彼女は沖縄が大好きで、

冬生まれですが夏が好きなのですよ。

海も大好き。

なのでついでに夏を意識して作ってみました。

 

こんなサマーチューン、最初で最後とちゃうか笑

 

ライダーさん、ドライバーさんの

ドライブミュージックになれると嬉しいな!

 

https://soundcloud.com/w4buto5rxhfq/super-paper-driver

 

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